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大阪地方裁判所 昭和41年(ワ)3797号 判決

原告 西田信

右訴訟代理人弁護士 山本敏雄

同 小泉要三

同 宮井康雄

被告 草野諦念

主文

被告は原告に対し金五〇万円およびこれに対する昭和四一年七月三〇日から支払ずみにいたるまで年五分の割合による金員を支払え。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを六分し、その五を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

本判決中原告勝訴の部分に限り仮に執行することができる。

事実

一、双方の求める裁判

原告訴訟代理人は「被告は原告に対し金三〇〇万円およびこれに対する昭和四一年七月三〇日から支払ずみにいたるまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決と仮執行の宣言を求め、被告は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求めた。

≪以下事実省略≫

理由

一、被告は○○寺の住職であり、先妻はつとの間に大正一三年一月二五日出生の孝を頭に安夫、賢一の三子があったこと、妻はつの死亡に伴い被告は右三児を抱えていたこと、原告は、被告のもとに来てから三回にわたり被告の子を懐胎したが、いすれも妊娠中絶し、その後、被告との間に昭和一八年九月二一日政美を、同二〇年四月二七日隆親を、同二二年七月二日貞義をそれぞれ出産し、いずれも父を被告、母を原告として被告の戸籍に入籍したが、そのうち政美と隆親は死亡し、貞義のみ成長し、同人は高等学校を卒業後商事会社に勤務していること、現在に至るまで原告と被告間では法律上の婚姻届はなされていないことは当事者間に争いがない。

≪証拠省略≫を総合すると、原告は、父西田羽左衛門、母ていの四女として明治四一年一一月二二日出生し、満二四才の昭和八年七月頃、当時右足が小児麻痺の状態で不自由な身体だったので、被告に祈祷してもらうため、遠縁にあたる訴外平田高三の世話で○○寺の前身である○○教会に住込んだこと、被告の妻はつは昭和五年一〇月一七日に死亡し、その後、被告には妻がいなかったところ、原告は、右寺に住込んで一週間後に被告から一生面倒をみてやると言われて、情交を求められ、原告は右言を被告の妻にしてくれる意と信じ、被告と関係を結ぶにいたり、昭和九年秋頃被告の要求で懐胎中の被告の子の妊娠を中絶したこと、その後半年程してから原告は、被告が親がわりとなって近所の工員と結婚したが、婚姻の届出はなされず右結婚してからも朝は今迄どおり寺へ帰って寺の用事をし、夜になって右結婚先の家に帰るという状態だったため、結局一ヵ月位でそのような生活が嫌になり、右工員と別れ、○○寺の被告の許に戻ったこと、その後原告は、従前どおり被告と先妻との間の三児の養育と家事を引受け、昭和四一年三月に右寺を出るまでの間、被告と共に○○寺で夫婦としての共同生活を営み、その間、前記のとおり二回にわたり被告の子を、懐胎し、その都度妊娠中絶をし、その後、被告との間に政美、隆親、貞義を出産したこと、被告は、その後政美を昭和一九年三月一七日に隆親を同二〇年五月八日に、貞義を同二二年八月二日に、いずれも父を被告、母を原告として届出て被告の戸籍に入れたこと、貞義も出生後は原・被告と共に○○寺で養育されたこと、原・被告間の右共同生活は世間一般の人も夫婦と認めていた状態にあったことを認めることができる。≪証拠判断省略≫而して、以上の事実を総合すると遅くとも昭和一八年九月二一日政美が出生した頃、原・被告間には婚姻の予約が成立し、以後、いわゆる事実上の婚姻すなわち内縁関係が継続していたものと認めることができる。

二、被告が、原告主張の○○寺に訴外高田京子を留守居として居住させ、同女と情交関係を結び、昭和二三年に同女との間に子供を出生させ、以来現在までその関係を続けていることは当事者間に争いがない。

而して、≪証拠省略≫を綜合すると、被告と訴外高田京子が右のごとき関係を結ぶにいたったのは昭和二一年頃からであったこと、被告は、昭和二三年六月頃、原告の兄竜太郎に対し、原告の引取り方を一方的に要求したり、昭和三二年頃被告の先妻の子賢一が妻を迎えるや、その妻と原告間にいざこざが絶えず、そのため、先妻の子や被告が原告に暴行を加えたり、つらく当り、あたかも原告に寺を出て行けと言わんばかりの仕打ちをすることもあったこと。それに加え、昭和四〇年末頃、原告は買物に行った市内南田辺の市場内で倒れた折、訴外西ヤス子の親切な世話を受けたことや、貞義が高校を卒業し一人前となり母としての役目も終ったことから、原告は、今後も被告らに苛められるのを嫌い、昭和四一年三月頃、○○寺を出て、右西方に寄寓し、右寺に帰ることを拒絶し、ここに原告との間の内縁関係を解消するに至った事実を認めることができ(る。)≪証拠判断省略≫してみると、被告は、貞操義務に反し、かつ、何ら正当の理由なくいわゆる内縁関係の破綻を生ぜしめて、原告との間における前記婚姻予約に違背したものといわなければならず、これによって原告が多大の精神的苦痛を受けたことは容易に窺うことができるから、被告は、原告に対し、相当の慰藉料を支払う義務がある。

なお、被告は、現在、原告が反省すれば同人を寺に居住させる意思がある旨主張するが、仮りにそうであるとしても、右被告の責を免れることはできず、右主張は採用できない。

三、そこで、右慰藉料の額について判断するに、≪証拠省略≫によると、原告は、無資産、無収入のうえ、歩行および言語障害を伴う病身の老人であり、現在は大阪市の施設の世話を受けているものであることが認められ、他方、≪証拠省略≫によると、被告は、明治三〇年九月二九日生れの老人であって、個人財産として和歌山県○○郡○○町に合計三筆の田畑(右の昭和四一年九月現在の固定資産税評価額は合計金二二三、一〇〇円)を所有する外、個人としての特別の財産も収入もないことが認められ(≪証拠判断省略≫)、これらの事情と前認定の諸事実を併せ考えると、被告が原告に対して支払うべき慰藉料は金五〇万円をもって相当と認める。

四、以上のとおりであるから、原告の本訴請求は、前記認定の金五〇万円およびこれに対する本件訴状が被告に送達された日の翌日であることが記録上明らかである昭和四一年七月三〇日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において、これを正当として認容し、その余は失当であるから、これを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条本文を、仮執行の宣言につき同法第一九六条第一項を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 中島恒 裁判官 吉田秀文 畑瀬信行)

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